高学歴が評価される時代は終わったのか?

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  「今の時代、成功するのには学歴なんて関係ない!」という言葉をよく聞きますが、本当に高学歴が評価される時代は終わったのでしょうか?、今日はちょっと考えてみたいと思います。

 

確かに今の企業でもやはり高学歴の人間を採用するケースが多いのは事実です。

 

やはり東大、京大、早稲田、慶応などは人気はあります。では何故に企業などが採用する際に高学歴が人気があるのでしょう。

 

はい、それは「その人物が努力が出来る人間かどうか?」を一瞬で判断するモノサシとしてはやはり学歴以外に無いからだと私は思います。

 

社会の中で一定の努力さえ出来ない人間は、この厳しい世の中を生きてはいけません。生きたいように生きてきた、また何の目標も持たずに生きてきた二流三流大学卒が、高学歴者に勝てるはずはありません。まして国家公務員は試験が全てです。この国を動かす上級国家公務員は、常に試験試験です。ですからやはり高学歴ほどその確率は高くなってくるのは当然なのではないかと私は思います。 その為に、親も自分の可愛い子供に将来苦労をさせたくはないと、塾通いは当たり前、家庭教師まで付けて、とにかく高学歴を付けさせる為に必死です。

 

ちょっと話しはズレますが、この少子化の社会において子供の習い事事業は面白いように伸びているのです。まあ親バカ丸出しの勘違い愛情なんでしょうが、まあそれは仕方の無いことなんでしょうね。 しかし、ちょっと話は矛盾しているようですが、実際には今の世の中の動きを見ていると、「高学歴が評価される時代」は終わったと言ってもいいかもしれません。いや、そういうと語弊があるかと思いますが、正しくはひとつの区切りを迎えて今新たな「基準」つまり、モノサシそのものが社会の変化と伴って変わったとも言えるでしょうし、今後はソーシャルメディアなどによる個人の情報発信やポジショニングやブランディングの一般化傾向によって益々そういった見方は強くなってくるでしょう。

 

その背景としましては企業側の終身雇用制度の終焉が挙げられますし、インターネットによる世界のフラット化や個人の情報発信のインフラが整ったことなどがあげられるでしょう。高学歴=高収入という戦後の常識や一般定義も今ではすっかり崩壊していると言っても良いはずです。 また、私が思うに高学歴な人は自分で考えて行動したりするのが苦手な人も多いような気もします。(もちろん全ての人とは言いません)

 

やはり、これまで高学歴を目指して頑張ってきた人はただ、若い頃からひたすら試験試験という与えられた問題に答えてきましたから、何もない白紙の答案用紙に答えを書くことは苦手なんですね。でも今までの終身雇用企業であればそれでも良かったのですが、これからの時代は、ゼロから何を作り出すか?、が求められているのです。

 

そんな時にクリエイティブな発想が絶対に必要になってきます。 誤解しないで頂きたいのは、確かに成功者の中にも高学歴の方々は多くいらっしゃいます。ですから高学歴がダメだ・・なんて言うつもりは毛頭ありません。ただ今までのような高学歴だから一生安泰という時代は終わったということです。「高学歴が評価される時代は終わった」と言う言い方ではなく「高学歴だけで評価される時代は終わった」と言い直した方がいいでしょう。

 

また、中卒だろうが全く学歴の無い若者が成功者になっている例が増えているのも事実です。彼らはハングリーで、物事をいろいろ自由な角度から捉える才能があるんですね。もちろん、そこには「負けてたまるか!」という反骨精神があるのでしょう。それこそ成功者資質には絶対に必要なことです。「東大出たからもう安心」という人間が敵うわけはありません。

 

これからの社会は、まさに混沌とした社会です。この日本は間違いなくどん底に落ちます。まさしく平和ボケした人間には生きてはいけない程の暗闇です。ホームレスが溢れ、日本の安全神話も崩れ出すでしょう。衣食住が当たり前のこの国に、最低の生活が待っているのです。もう自殺者で溢れるでしょう。その反面、お金持ちは海外に逃れて自由気ままな生活です。

 

そんな時代に「私は高学歴なんだ!」と言って、誰が振り返ってくれるでしょう。欲しいのは食べるもの、住む場所、着る服です。そう戦後日本がまたやってくるということですね。この日本は政治ではまた負けます。政治が負けるということは国が負けるということ、この日本は二度目の敗戦を味わうのです。 そんな時に必要とされるのが、高学歴な人間ではなく、世界を見据えてそんな日本社会を変えるだけの行動力とクリエイティブさです。

 

そうゼロから立ち上げるだけのパワーです。そんな若者の育成こそ私の最後の仕事であり、まさにペイフォワードです。繰り返しますがこの日本は一回沈みます。しかし必ず復活させなければいけないのです。 一部の方々除いて高学歴の方々の殆どは、お坊ちゃんお嬢ちゃまです。そんなヤワな人間が社会を変える程のパワーは持っていません。

 

何不自由なく育ってきた、そして与えられることが当然という思考の持ち主に何が出来るのでしょう?、はい、まさしく「こんなはずじゃなかった」と嘆くだけでしょう。そんな人間が通用する時代は終わったのです。 勉強することは大事です。私も50歳を過ぎても勉強しています。しかしその勉強する目的が違うんですね。「勉学」とは試験に受かる為だけのものではありません。そう生きる力を養うことです。それも分からず、ただただ与えられた問題を解かせる親も親です。最も大切なことは「問題解決能力」なんです。

 

どうか今日はこれだけは覚えておいて下さい。 実践問題解決能力! これを養う為に勉強するのです。こう思ったら違った結果が出た、そうしたらこうすべきでは?、それを現実社会と照らし合わせて考えることが出来るかどうかです。一部の特化した研究家は別としまして、一般高学歴の方々はこのような意識を持っていなければ、もうその能力を生かす場所は無くなります。というかそんな高学歴は必要ありません。

 

このブログを読まれている方々の中にも、この高学歴の方もいらっしゃるでしょう。それは素晴らしいことなんです。ただ少し方向性を変えてみてはいかがですか、ということです。いいですか、もう高学歴で一生安泰という時代ではありません。

 

そこから自分はどうそれを生かしていくのか?、という野望を持って頂きたいのです。 高学歴というのは、命がけで勉強してきた方々です。それは遊びたいことも我慢して勉学にその貴重な時間を割いてきた方々です。

 

それだけは非常に尊いことです。だからこそ、そのパワーをこれからの社会にいかに活用するか?

 

はい、高学歴で終わりではありません。今まさにスタートラインに立っただけのことです。その努力をどう活かすか、どうペイフォワードしていくか、、、私は期待していますよ!

 

 

感謝

 

下村しげお  

 

 

 

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